はじめまして。Kakoka(@Shibakin_2019)と申します。
私はエンジン部品の製造生産技術をしております。今の仕事を始めて20年、そのうち4年間をインドネシア駐在として、現地の工場でものづくりに携わっていました。
インドネシアでのものづくりと聞いてもピンとこない方が多いと思います。
Made in Chinaの製品は私たちの身の回りにあふれていますが、私が知る限り、Made in Indonesiaの製品はバーベキューで使う木炭か、UNDER URMOURのシャツくらいですから無理もありません。
インドネシアはアメリカに次ぐ世界第4位の人口を抱えています(約2.6億人)
この人口を背景とした大きな経済的ポテンシャルを持った国で、ASEANの盟主とも言われています。
また、世界最多のイスラム教徒を抱えており、人々は宗教と密接に結びついた生活を送っています。
公用語はインドネシア語、自然も豊かな国です。
インドネシアでのものづくりで困ったことはたくさんありましたが、一番困ったのはなんと言ってもいろんな物が簡単に手に入らないということでしょう。
極端に言うと、ネジ1本ですら手に入らないこともありました。少し特殊なネジになるとインドネシアで作っていないので、それすら海外からの輸入になります。
ネジですらそんな状況ですから、生産に使う設備はもちろん、電装部品、油剤、刃具、工具も現地製の物は皆無です。現地にある日系メーカーから直接購入することもできるのですが、日本の工場のようにフルラインナップで生産されているわけではありません。したがって、生産に使う資材のほぼすべてを結局は輸入に頼らざるを得ない状況でした。
輸入すれば事足りる、という簡単な話ではありません。輸入には時間もかかりますし、手続きも必要です。輸送インフラも整っていないのでオーダーしてから手元に届くまでに膨大な時間とエネルギーが必要になります。
手続きも日本ほどスピーディーに対応してくれません。公的機関なのに担当者によって手続きに必要な書類が変わったりするなんてことは日常茶飯事。そんなコロコロと変わる仕組みに付いていくのがやっとの状態でした。
足りないのは物だけではありません。人も足りませんでした。特に困ったのは壊れた設備を修理できるサービスマンがいないということです。
先述の通り人口が多く、平均寿命も若い国なので働き手の数は十分です。しかしながら、しっかりと職業教育、訓練を受けている人はあまり多くありませんでした。
結局設備が壊れると日本からサービスマンを呼ぶ必要があり、そのためにまた時間とエネルギーと金を使い・・・ということの繰り返しです。
このような人材不足の原因は、自国内で製造業が盛んではないことだと私は思っています。これは物がすぐに手に入らないことと通じています。
このようにインドネシア国内の製造業の裾野が狭いことが、この国のものづくりをとても難しい状況にしていると言えます。
その点、日本のインフラは本当に素晴らしく、これこそが日本の製造業の底力であると強く感じました。
言葉を用いたコミュニケーションにより、日本人同士助け合うことで生まれる力の偉大さを日々感じながら生活していました。
学習に苦労した点は、インドネシア語の単語をほとんど知らない事です。英語であれば中学の頃から学校で習っている上、生活の中にさまざまな単語が浸透しています。対して事前に知っていたインドネシア語はナシゴレンくらいでしょうか。そのため、食べるや飲むといった簡単な単語一つから覚え流必要があり、非常に苦労しました。
幸いインドネシア語はアルファベットを使いますので、文字から覚える必要はありませんでした。また、時制や格変化などもほとんどなく、文法自体もそれほど難しくはありません。そのためか、インドネシアにはインドネシア語を話せる日本人駐在員も多くいました。
本当はB級まで取得したいと勉強をしていましたが、残念ながら合格することができず、大きな心残りとなっております。B級所有者は日本でおよそ500人しかおらず、狭き門ではありますが、また機会があればどこかで再挑戦したいと思っています。
海外でものづくりをするということは大変なことであると同時に、とても面白いことでもあります。ここでお話したことはほんの一部で、まだまだお話したいことはたくさんありますので、またの機会にお伝えできればと思います。
日本の製造業の衰退が取り上げられることが多い昨今、確かに改めるべきことがたくさんあるのもまた事実ですが、底力はまだまだ健在だと思います。私もその一員としてこれからもものづくりの現場で活躍していきたいと思っています。
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